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ワールドイメージをつくろう・7

 

 
 RPG的ゲーム群『妖精郷の住人たち(仮)』をひっそり構想中。
 舞台となる冒険世界のイメージをぼんやり思い描き中です。

 今回は、この冒険世界を「冒険する動機付け/必然性」についてちょっと。

 
 

◆誰がなぜ冒険するの?

 冒険世界があって、キャラクターを通じてその世界での冒険をいろいろな形で
体験してほしい……というのが『妖精郷の住人たち(仮)』なのですが。
 そもそもゲームでプレイヤーさんがゲーム内で操ることになるキャラクター
たちは、なぜ旅・冒険をするのでしょう?
 冒険するキャラクターというのは何者で、何を目指すものなのでしょう?

 数多あるアナログRPGでは、ゲームによってはそのへんのことに独自の背景が
しっかりと与えられていたりすることも多いです。
 そんなのキャラクター個々の問題だろう。キャラクターを作る時やゲームを
始める時に、参加者で話し合ってめいめい理由付けをすればいいじゃないか。
……となっていることもあります。
(そういう背景を共有するところから始まったりするのこそが楽しい、という
 こともあるでしょう。時に面倒だったり厄介だったりするでしょうけど。
 時間かかるし)
 あるいは手っ取り早く「あなたたちは冒険者という、冒険することになって
いる立場の人です。だから冒険をするのです」となっている場合もあれば、
「細けぇことはいいんだよ! お前らは常にゲーム開始とともに、探索すべき場所
の前に居る。そして探索せねばならない。ってことでハイ、ゲームスタート!」
というたいへん潔いことになっているゲームもあります。たいへん話が早くて
そういうのも良いのですが。

 『妖精郷の住人たち(仮)』における「キャラクターが旅・冒険をする動機付け
/必然性」について、こんなのはどうだろう、と思い浮かんだことがあるので、
ちょっと書いておきたいと思います。行けそうならこれで行きたいところ。

 
 

◆やや軟調なスパルタ式で

 『妖精郷の住人たち(仮)』において、プレイヤーさん操るキャラクターたちは
なぜ旅・冒険をすることになるのか? その理由づけについて。

 「ゆるめなスパルタ式」というのはどうだろう、と考えました。

 つまり、人間の子には長めの通過儀礼として、旅・冒険が必ず課される
 ……とするのです。

 スパルタ式というと、新生児は虚弱と見られればその時点で捨てられ、男子は
7歳から家を離れ共同生活、12歳から18歳の成人まで厳しい訓練が課され、
兵教育の一環として国有奴隷の襲撃・殺害も奨励される――みたいな血生臭くて
おっかない感じの制度ですが。
 おとぎ話感・メルヘン感を重視したい『妖精郷の住人たち(仮)』では、もちろん
ずっと ゆるめでやさしい感じにするわけです。

 
 「妖精郷」のニンゲン領域に住む人間たちが共有する慣習として、子が一定の
年齢に達すると、家を出なければならない。
 そうして見聞を広めつつ自力で暮らしを立て、定められた年数を過ごしたら、
大人と同等の扱いを受けるようになる。大抵はその間に自らの分や進む道を見い
出しているであろうから、以後は各々の生き方に邁進すれば良い。

 
 ゲームのキャラクターは基本的に、この通過儀礼の只中にある若者である、と
いうことにして、成人までの日々を生きていくためにいろいろ旅してもらおうと。

 「制度化された巣立ち」といった感じの、ファンタジィでは割とよくあるやつ
です。『魔女の宅急便』なんかもそうですね。
 ボードゲーム『エルフェンランド/Elfenland』は、エルフ族の若者らが成人の
儀式としてエルフ国の諸都市を巡るという、まさにこのテーマでゲーム化されて
いるものです。

 この形式を『妖精郷の住人たち(仮)』に背景設定として導入すると、いろいろ
メリットがあります。

 
 

◆「ゆるめなスパルタ式」のメリット/それはどんな社会?

 キャラクターを使い回しながらいろいろなゲームを横断的に遊ぶ、というのが
特徴の『妖精郷の住人たち(仮)』において、この「ゆるめなスパルタ式」を採る
メリットとは。

 まず、ゲームを開始するときに話が早いですね。
 プレイヤー/キャラクターには「成人修行の旅の身である君たち。今日も今日
とて、今日明日の食い扶持のために何かせねばならない」てことで、その日遊ぶ
ゲームの中にいきなり飛び込んじゃえます。
 そして、キャラクターがなんでもやってみていい自由があります。
 成人修行中のキャラクターの行動目的は、とにかく徒手空拳から暮らしを立て
ていくこと。そのためにすることに制約は(まぁ世界のモラルに反しない限り)
ありません。いろいろな人間活動を様々なゲームとしてプレイできる『妖精郷の
住人たち(仮)』を遊ぶに打ってつけの身の上です。

 成人修行の身であることから必然的に、キャラクターが若いのが基本、という
のもメリットと思っています。
 ハードな荒事に身を投じたり、仕事で社会を動かす現場だったりでは、求めら
れるのはプロであって 若いヒヨッコは概して役立たずの足手まといとして扱わ
れるのが普通でしょう。でもここでは少年少女たちは、若輩だろうがなんだろう
が、仕事も戦いも彼らが彼ら自身のためにやらねばならないことです。
 日本のRPGでは、年経たプロの集団よりも 若者らによる冒険が求められると
思うので、ヒヨッコ集団に必然性があるのは良いことだろうと思うのです。

 
 こうした設定は、背景世界がどんな場所か、の紹介・説明にも寄与します。
 旅・冒険することに寛容な社会だ、という世界観が感覚的に強化されますし。
これは、移動を制限された抑圧的な社会ではないということ。
 旅・冒険というのは一部の変わり者の所業ではない。その世界では誰もが通る
道なのだから――というわけです。

「若き彷徨い人」が誰にとっても「いつか来た道」であるなら、迷えるキャラク
ターたちに対して、社会/大人といった周囲のサポートを ある程度望んでいいと
いえるかもしれません。少なくとも彼らに悪さしようと考える者はかなり稀では
ないでしょうか。とはいえ修行であることも百も承知でしょうから、安易にすべて
を解決してしまうような助力を与えられることも また無いでしょう。

 一方で、修行の身であり 何かのプロとはいえない彼らには、何か手伝い仕事を
しても およそ大報酬などは望めないところです。上から報酬を吹っ掛けられるよ
うな立場にないので、基本的に常に困窮しているはず。
 一宿一飯のためだけにでも、危険に挑まなければならないこともあるでしょう。
 逆にいえば彼らは、なにかで莫大な財を得て 旅の動機を失ってしまうような
心配もほぼ無いといえます。

 彼らの旅は、提供するゲーム群がフォローする範囲内で何をしても自由。
 ニンゲン領域だけで小さくこなす者もいれば、「妖精郷」深くに踏み込んで、
すごい経験をする者もいることでしょう。
 とにかく個々の才覚を活かして生き抜くことこそが大事です。
 キャラクターが成人してからも、その進路がゲーム群のフォロー内ならば続けて
遊ぶこともできます。

 
 
 

ワールドイメージをつくろう・6

 

 
 構想中のRPG的ゲーム群『妖精郷の住人たち(仮)』。
 舞台となる冒険世界のイメージをぼんやり描いております。
 とっととひと段落させて実際のゲームに手をつけたいがもうちょっと。

 今回は、この冒険世界に存在する「魔法」について。

 
 

◆ままならない不思議なもの、それが魔法

 ファンタジィ題材なので、魔法・魔術は まぁ有るだろうとして、ゲーム内で
どう描き出すかは考えどころです。
 全体的に「おとぎ話感・メルヘン感」をやや重く見てファンタジィ性を押し出
していけたらなぁ、というのが目標でもあるので、魔法・魔術についてもそう
いう方向性で行きたいところです。

 そういう狙いで考えますに、いかにもゲームっぽい「便利で確実な魔法」と
いう扱いかたは避けた方がいいような気がします。
 ゲームでプレイヤーらが活躍するためのシステムとしての魔法というと大抵は、
しかるべき対象に用いればほぼ確実に発動し、人の身では普通得られない大きな
効果をほぼ確実に、想定されたとおりに発揮してくれるもので、使用の枷となる
のは回数制限等……と、便利な機器や重火器のような扱いだったりしますが。
 おとぎ話感・メルヘン感のためには、むしろ逆を行くべきなのでは。
「利便性からはかけ離れた、不確実で思わぬことも引き起こす、たまーに助けに
なってくれるビックリ現象」。こういうのこそ魔法っぽくないでしょーか。

 てことで『妖精郷の住人たち(仮)』の各ゲームにおける魔法はそういう感じで、
とらえどころのない面が多く不思議でちょっと怖い、まさに「魔の法」なイメー
ジで組み込んでいきたいと思うのです。

 
 

◆魔法に触れる機会のほどは

 『妖精郷の住人たち(仮)』の世界の人々にとって、まったくままならぬ神秘の
現象である魔法は基本、縁遠いもの。
 むしろ妖精や魔物の分野で、人間と違いファンタジックな存在であるかれらは
魔法・魔術によく通じ、いろいろな形で行使することでしょう。

 この世界で普通の人間が魔法に触れることがあるとすれば、たまたま妖精や
魔物、魔法的な場所に接近してしまった時でしょう。いたずら妖精に出会って
魔法でちょっと騙されるとか、魔物のふるう魔法で捕らわれて襲われるとか。

 そんな魔法だから、人間社会で理解・行使されることはあまり無いでしょう。
 魔法的現象やその力はニンゲン領域にとって、「妖精郷」の脅威が侵入して
くることであり、できれば遭遇したくないことなはずです。
 まれにそうした常識を外れた者が人里で魔術を見せたりすれば、恐れから積極
的に攻撃されたりはしなくとも、「できればどこかへ行ってくれないものか」と
いう扱いを受けるのは仕方のないところでしょう。

 だから仮にプレイヤー扮するキャラクターが何らかの魔術を身につけたとして、
ゲーム中、ニンゲン領域でそれを行使する時は、そうと知られないよう気をつけ
た方がいいかもしれません。

 
 そんな環境下にあって、人間の身で「魔法・魔術の道を追究しよう!」なんて
考えるのはもうかなりの変わり者だと思われます。
 ロークの学院とかホグワーツ魔法魔術学校とかみたいな ありがたい場所など
無いでしょうし。
 そんな魔法探究者たちはおそらく、恐れられる/利用されることを避けて、
人と距離をとるように生きているのが大半なのだろうと想像できます。人里離れて
「妖精郷」の方へ踏み入る冒険をしている時に、そうした人に出会えることがある
かも。
 そして彼らが追究する魔法・魔術というのも、「魔法でできることの範囲やその
効果・威力の拡大」みたいな実効的・即物的なことではないのでしょう。
 きっと魔法が立ちあらわれるその道理や世界のメカニズムを明らかにしたい
欲望がまず有り、実効的な術などはその手段であり副産物に過ぎないのです。
 昔ながらのファンタジィ小説ではお馴染みな構図ですが、ゲームでは最近むし
ろ珍しい光景な感じがします。

 
 ……と、ここまで想定した様な魔法環境にあって、プレイヤー操るキャラクター
たちが ゲームの中で魔法を得て行使することがあるとしたら、どんな風に機会が
生まれると想像できるでしょうか。
 ゲーム群の一つとして「魔法を追究するテーマのゲーム」がいずれ作られれば、
その中では当然キャラクターは魔法探究者として振る舞うでしょう。ではそうで
ない、旅や冒険に日々を過ごすようなキャラクターが魔法を使うには?

「キャラクターレベルが上昇すれば自動的に新しい魔法が身につく」ような便利
すぎる形は『ファンタジィの「魔の法」なイメージ』からかけ離れてしまう気が
するので避けたい方針……というのは最初に述べたとおりですが、ではどんな
考え方で行けばそんな「ままならない不思議なもの」感そのままにゲームルール
に取り込んでいくことができそうなもんでしょう。

 パッと考えられるのは、こんな感じ?

 
【魔法的な力を帯びた物品を得る】

 わかりやすいマジックアイテム。
 おとぎ話で普通人が魔法の得るといったらまずこれですね。
 妖精や魔物の領域で魔法の物品を手に入れて、その品の力を引き出すだけ。
 想定される中ではきっといちばん確実で便利なパターン。
 ゆえに独自性も何もなくて「ふーん」てなもんですが。

 
【「妖精や魔物の領分に触れる」ことで、一時的に「魔法を帯びる」】

 もって回った小難しい書き方になってますが。
 魔法的な力を帯びた何か(物とか場所とか)に触れたり係わったりすると、
 その力が一時的にキャラクターに宿って 少し魔法を使えるようになる……
 ……なんていうのは良いんじゃないでしょうか。
 魔法に触れる機会を伏線としての、「いざという時に発現する思わぬ助力」
 としての魔法、という おとぎ話の流れ的なイメージで。

 『Roads to Lord』シリーズとか、あと『Call of Cthulhu』シリーズなんかも
 そういうスタイルで魔法を扱ってますね。
 『Call of Cthulhu』では魔法の獲得元はおもに魔道書ですが。

 キャラクターに[魔法を帯びる]才があったり そうした経験を多く重ねると、
 得られる/操れる魔法の力、それを御せる能力 は拡大していく……とか。

 
 こんな感じで魔法を得られる/使えるようにゲームが作られていれば。
 「妖精郷」を冒険するような冒険者キャラクターはおのずと妖精や魔物に接近
する機会が増え、結果として普通の人には縁遠い魔法を得やすくなりますね。

 
 
 

ワールドイメージをつくろう・5

 

 
 構想中のRPG的ゲーム群『妖精郷の住人たち(仮)』。まだまだぼんやり。
 目下、具体的なゲーム作りの下準備として、舞台となる冒険世界のイメージを
ぼんやり描いてる段階です。詳しくは過去記事を。

 今は、広大な妖精世界の中にポツンと存在するニンゲン領域の社会や暮らしの
イメージについて、楽しげな冒険の舞台として・各種ゲームを作っていくのに
適したワールドとして、いいかんじの形を探っています。

 今回は、この冒険世界に住む人間たちにとっての、宗教の扱いについて。

 
 

◆宗教とその“実効”についてどう考えると良い?

 「いわゆる」とか言われがちな西洋風ファンタジィ世界にあって、神とか宗教
とかの存在はわりと重要になる要素で、その設定ひとつで、その架空世界の様相
や「色」が定まったりすることもあります。

 冒険世界全体を単一の宗教が覆っているのか、複数の宗教観・体系があるのか。
 一神教なのか、多神教なのか。どのように信仰されていて、それが社会や生活
慣習の中にどう組み込まれているのか。

 そして何より重要なのがこれ。、

 その神・宗教の力は、その世界において“実在”するのか?

 神様やその力が本当に存在して、人々の「現実」として世界に作用しているの
かどうか。

 神(々)が人々の目前に実際に姿を現したり、「神の力」ってことが明らかな状態
で奇跡や天変地異を起こしたりするのか。
 こういうのをやられたらもう、人々は神の実在を疑う余地など無いし、ひれ伏す
ほかかありません。
 ゲーム的には定番パターンとして、聖職者のキャラクターが「神の助力」のよう
な独自の魔法的パワーを発揮するのかどうか、というのも重要ですね。いわゆる
僧侶系魔法とかいわれるやつ。回復系多し。デジタルゲームでは減少傾向ですが。

 ともあれそういうことで、このへんは方向性を定めておきたいところ。

 
 

◆ゆるめの信仰はありつつ神の実在は曖昧にしときましょうか

 ゲーム的都合からいえば、人間社会に宗教勢力は在っていいと思います。
 「権力闘争ゲーム」などを作る際に社会勢力のひとつとして存在感を発揮し
たり、冒険全般において情報や知識の供給源になってくれたり、人の集まる場
として舞台になってくれたりと、なにかと便利が良さそうです。

 一方で、神(々)の実在が証明できてしまうような“神の実効”にもとづいた
宗教は、この世界の人々には似つかわしくないように思えます。

 “神の実効”が現実にある世界を想像するに、人々の暮らしも、プレイヤーさん
の遊ぶ冒険も(つまりゲームプレイのあり方も)、すべて神の意を窺いながらの
ものになってしまいそうなので。『ルーンクエスト』みたいな。
 まぁ“神の実効”は有りつつ“神の意”を緩く曖昧にすることでそういうのを
回避してる例もありますけども。

……そう考えると、
「この冒険世界には 誰の目にも明らかなような“神の実効”は無い」
とした上で、人間社会には
「日常に浸透したユルめの信仰と、それを指導する宗教勢力がある」
……というくらいの形が望ましいでしょうか。

 「日常に浸透したユルめの信仰と、それを指導する宗教勢力」の塩梅のイメー
ジとしては、古代ギリシア、ローマとか、あるいは現代日本の「神様仏様」な
感覚とかが近いかも。
 となると多神教かな。自然崇拝と民族起源説話から来た神話があるような。

 
 で、人々の信仰のあり方とはまた別のこととして、「強大な超存在」としての
「神みたいなの」は世界に実在してていいとは思います。
 表立って現れたり力を振るったりすることは基本無く、稀に奇跡や天変地異の
発生源等となる存在として。
 こうした神秘的な「強大な超存在」「神みたいなの」は、人間たちよりむしろ
広大な「妖精郷」に棲む妖精や魔物たちがよく通じていることでしょう。

 プレイヤーが操るキャラクターたちも、「妖精郷」を冒険してその深奥に踏み
込めばいずれ、そうした存在の一端に触れることがあるのかもしれません。

 
 
 

ワールドイメージをつくろう・4

 

 
 ぼんやり構想中のRPG的ゲーム群『妖精郷の住人たち(仮)』。
 どんなゲームにしたいってのさ、「ゲーム群」って何なのさ、というあたりに
ついては、よろしければちょっと前のコンセプト周りを書いたものを見てやって
くださいませ。

 今は具体的なゲーム作りの下準備に、舞台となる冒険世界の基礎的イメージを
ぼんやり描いてるところです。
 ワールドイメージは この段階であんまり詳しいところまで突っ込んで作る気は
なくて、ある程度いい頃合いのところまで進んだら実際のゲーム作りに進んでし
まおうと思ってます。
 むしろゲーム各々の方から要求として「冒険世界この部分はこうあって欲しい」
ていう事柄がきっといろいろ出てくるはずですから。

 前回は、冒険世界の中で「ニンゲンが自分らで概ね支配できる、ニンゲンたち
主導の領域」=ニンゲン領域の広さ・サイズのイメージについて考えました。
 冒険世界全体をヘロドトスの世界地図くらいのサイズ感覚で捉えると決めて、
ニンゲン領域はその中におけるギリシア世界くらいの広さでいこうということに。
 他の地域はすべてヒトの支配の及ばない、さまざまな驚異・驚異とファンタジィ
要素で満ちた妖精領域です。

 
 今回からちょっと考えてみたいのは そのニンゲン領域の、社会のありようや
人々の暮らしのイメージについて。文化とか技術とか生活とか、はたまた魔法
とか、楽しげな冒険の舞台として・各種ゲームを作っていくのに適したワールド
として、どのような形が適しているもんでしょう。

 
 

◆おとぎ話感・メルヘン感をあまり損なわない社会って

 まず。いきなり下卑た話からですみませんが。
 これから設定していくニンゲン領域社会としては、社会を下支えする層の人々
の中に、痛ましい極貧を強いられているような奴隷や農奴が存在することは、
できれば避けておきたいところです。
「おとぎ話感・メルヘン感」維持のために。

 貧富の差や身分差はあっていい(「権力闘争ゲーム」が作れる土壌は欲しいで
すし、プレイヤーとしても、自らのキャラクターの出世や栄達は目指してみたい
ところでしょう)ですが、災害や戦争のような事態が無いのに常から悲惨な暮ら
しに追いやられているような人々はいない、慎ましやかでも平穏に生きていける
社会であるのが望ましいです。
 たいへん都合のいい話ですが、都合に合わせ世界を思い描くのがファンタジィ
とゆーものでしょう。

 そういうことも考えると、気候的にも温暖で過ごしやすい、耕作に適した場の
が多い土地である、としておくのが良さそう。

 そして、これに更にゲーム的な都合も加味して考えると。

 いくつかの国に分かれる予定のニンゲン領域社会ですが、各国間で民族、言語
の違いはナシとして、おおむね単一の文化を共有してると考えるのがいいでしょ
う。ニンゲン領域内の移動~生活で文化差異の困難が多いのはゲーム的にちょっ
と困ります。そうした困難は、ニンゲン領域の外に出た時に出会うものだと考え
ています。

 ほぼ同じ文化・言語を共有してるのに単一国家になっていないのは まぁ、
「古くは別の民族だった」とか、
「地勢的な理由」とか、
「都市国家が成り立ちで、てんでに発展してきたから」とか、
そういう歴史的が理由があると考えておけばいいでしょう。
 各国間で戦った歴史なども当然あるだろうと想像できます。
 でも、そういう歴史を詳細に作ることはしません。
 ゲームを遊んでいて必要になった時に、必要になった人が必要な分の歴史だけ
そのつど生み出せばいいと思います。

 RPGでは大事な「お金」については、重量でもって価値の決まる秤量貨幣が
使われている、ということにすれば好都合かなと。ちょいと原始的ですけど。
 国や都市ごと違う形態で作られた貨幣でも、冒険者が妖精をだまして巻き上げ
た金銀でも、同じ基準で扱うことができます。

 各国の政治形態などは、国ごとの概要を考える段階で目を向ければいいかなと
思っていまずが、基本は初期的な王国だろうなと。
 その上で全体的に、身分職業の固定圧力は緩めとしておきたいところです。

 
 全体的なテクノロジーのレベルについては、なんとなくなイメージですけど、
西洋風ファンタジィ定番の中世イメージよりは「やや古代」な感じのつもりで
ここまで考えています。先述の貨幣や政治のあり方とかもそのイメージに寄せて
ますし。
 まぁすごく曖昧な、あくまで印象の話なんですけど。

 そしてこの世界は、ゲームの舞台として在る限り「時代」というものは存在
しない、とします。なのでテクノロジーレベルは発展も衰退もせず、国の興亡は
(ユーザーさんの自由で)あってもその風土は不変。
 常に変わらず有る遊び場・冒険世界ということで。
 でないと色々と扱いにくくなるでしょうから。
 たいへん都合のいい話ですが、都合に合わせ世界を思い描くのがファンタジィ
とゆーものでしょうハイ。

 
 
 

ワールドイメージをつくろう・3

 

 
 ぼんやり構想中のRPG的ゲーム群『妖精郷の住人たち(仮)』。
 舞台となる冒険世界をぼんやりイメージすべく、とりあえずワールドイメージに
込めておきたい要件をぼんやり並べて、ぼんやりした地理的概念図に落とし込ん
でみたのが前回でした。
 こうしてぼんやり概念図にしてみて、ここからだんだん具体的にしていこうって
ところで、さしあたって次に気になるのは、ニンゲン領域のサイズです。
 前回のこの領域↓が、どのくらいの広さなのか? どのくらいが適当なのか?

ファイル 135-1.png

 
 ゲーム内で中心的な舞台となるだろうエリアですし、要素盛りだくさんで密度も
高くなるところ。この範囲内を移動するだけでもそれなりに「旅感」が発生して
くれるような距離感というかサイズ感が欲しいですが、一方でプレイヤー(の操る
キャラクター)には当然、この領域から外へ出て行く旅も積極的に促して行きたい
面もあります。そのあたりも踏まえてのトータル的なスケール感が大事、な気が
します。
 そのへんもろもろ考え合わせつつ、軽く検討してみましゃう。

 
 

◆ニンゲン領域のサイズ感/何か基準が欲しいなー

 こんな風に架空世界を新しく作り出したい時、ガッツリ詰めて考えるならきっと
「どんな気候・地形で、何を育てる耕地をどれくらい得やすいか」とか、
「どのくらいの人口を支えて、どのくらいの規模の興亡をさせたいか」とか、
「どのくらいのテクノロジーレベルを想定するか」とか、
そういう諸々をちゃんと突き合わせながら合理的に進めていったりできるとカッ
コイイのでしょうけど。
 そんなアレコレ全てを立てるような土地イメージをポンと一発で生み出すよう
な才能は私には無いので、まず「だいたいこんなかなー」という広さ感を、いい
かげんでもなんでも一旦決め打ちしちゃって、それを基準として微調整したり、
他の要素の心配をしたりしていくのがいいかな。
 多少おかしな点が出来ても、それはファンタジィ的な発想で吸収していければ。
「おとぎ話感・メルヘン感重視」ですし。

 他のファンタジィ有名作では、舞台世界はどのくらいのサイズでしょう。
 参考にできないものかな。

 『指輪物語』などでおなじみトールキンの「中つ国(Middle-earth)」は、
ずーっと昔、想像上の時代の北西ヨーロッパが想定されてるって話ですね。
 『ゲド戦記』の舞台「多島海・アースシー(Earthsea)」はもうひとつサイズ
感がわからない。
 『氷と炎の歌』の「ウェスタロス大陸」は、南アメリカ大陸にほぼ等しい広さ
らしい。
 南米大陸はおよそ17,780,000平方キロ。
 較べると地中海とその周辺も含めた欧州全域もだいたいそのくらいのサイズに
なりそうで、「中つ国」も「ウェスタロス大陸」も近しいスケール感で語れる
感じっぽいです。

 
 

◆ヨーロッパのサイズを基準に考えるなら

 なら『妖精郷の住人たち(仮)』のニンゲン領域も、まずはそのくらいでいい?
って気もしちゃいますが。

 でもなんか、欧州全域くらいの地域があって、さらにその外に妖精の領域が
拡がってて「さぁ、どんどん外へと冒険に出てください!」と促しても、やや
長旅に過ぎるような気も。シルクロード踏破か大航海時代かってなもんで、
一回一回が生涯の大部分を捧げるような大冒険になっちゃいそう。
 ニンゲン領域外への旅でも正直そこまでの深刻さは求めてないので、もうちょっ
とコンパクトな世界の方がいいかも。

 ならば、こんどは妖精の領域まで含めた冒険世界全体を、ヨーロッパサイズに
仮託してみると、どうなるでしょう。

 たとえば古代のヨーロッパで、ギリシア世界や共和制ローマあたりをメインに
置いて考えてみると、そこから見れば ガリアのケルトにしろゲルマンにしろスキ
タイにしろ異質な異民族たち。ペルシア強くて怖い。
 このギリシア世界や共和制ローマのサイズ感を冒険世界のニンゲン領域にあて
はめ、対して周辺の異民族のイメージを妖精領域の住人たちにあてはめると
いう、現実にある民族伝承や物語とかのあり方と同じやり口をやってみたなら?

 現在のイタリアの面積がおよそ 301,230平方キロで、これは日本から北海道を
除いた面積にわりと近い。古代ギリシア領域もサイズのイメージ的にはそう変わら
ないっぽく思えます。
 この広さの中だけでも小国を分けて興亡とか余裕なのは、現実の歴史も証明し
ているところです。

 ――この全体的なサイズ感は良い感じな気がします。
 このスケール感で行きましょうか。

 なんとなく想起するのは、ヘロドトスの世界地図みたいな感じでしょうか。
 ギリシアの主な支配域がニンゲン領域で、その外は妖精領域。
 その果てがどうなっているかは、ニンゲンたちにとってはまったくの謎です。

 
 冒険世界のサイズ感が見えたところで、次回からはニンゲン領域の内側の
ことを考えていきましょうか。

 
 
 

ワールドイメージをつくろう・2

 

 
 RPG的ゲーム群『妖精郷の住人たち(仮)』(ただいまぼんやり構想中)。
 いまは、具体的ゲーム作りの下準備として、舞台となる冒険世界のイメージを
作ってみようとしてるところです。
 前回、とりあえずワールドイメージに込めておきたい要件を並べてみたところ
なので、続いてはそれを、いくらか具体的な地理的概念図に落とし込んでみる
遊びをやってみましょう。

 
 

◆要件を満たす世界ってどんなの?/ニンゲン領域

 前回挙げてみた世界の要件を軽く確認しますと。
「西洋風ファンタジィ架空冒険世界」で、おとぎ話感・メルヘン感やや高めな、
血なまぐさくない、基本「死なない」感じの世界(にしたい)。
 で、同世界設定下で作る個別の各ゲームを、以前に例示したようなテーマの
ものは少なくとも成立させられる世界(にしたい)。且つ、さらなる発展拡張が
できそうな妄想の余地をもあちこちに持っている世界(にしたい)。
……という感じで。

 これら要件を満たす世界ってどんな感じ? というのを、モヤッとした地図っぽい
ものにしながら考えていきたいと。

 やってみましょう。

 まず、プレイヤーが成り変わるキャラクター/その世界の住人は、生物としては
我々と何ら変わらない普通の人類・ニンゲンである、とします。
 異質な異種族だとか亜人類だとか魔物だとか妖精だとか、そういう不可思議な
存在は、あくまでキャラクターたちが出会い 向き合う者たちであって、成り変わる
ものではないよ、と。おとぎ話感・メルヘン感の一環としてね。

 その上で。
 世界の中でそんなニンゲンたちが住んでる領域は、「国家間勢力闘争」ゲーム、
「大規模集団戦」ゲームを成立させたいわけなので、当然いくつかの国家に分か
れている、とゆーことにします。
 どのくらいのサイズの領域があるのか? どんな文明を持つ、どんな形態の国
が、いくつあるのが適当なのか?――そうしたことも大事ですがそのへんに注目
していくのは一旦置いておくとして、とにかく「複数国家に分かれた人類の土地が
ある」よ、と。
 そして「建築・開拓」ゲームも成立させたいので、その人類圏にはさらに開拓
していける余地をまだまだ残していると。

 そんな様子を図にするとこんな感じか。国の数は仮ですが。

 
ファイル 134-1.jpg

 
 これが、この冒険世界で「ニンゲンが自分らで概ね支配できる、ニンゲンたち
主導の領域」である、ということにします。
 この領域内については、ニンゲンの存在そのものをおびやかすような脅威と
なるほどの圧倒的なファンタジィ的要素は存在しません。

 では、この周囲はどうか。
 ニンゲンの領域内だと、ファンタジィ的に安全性が高めで脅威が少ないであろう
代わりに、「ファンタジィ的なものすごい大冒険」もあまり望めないと考えられます。
 でも「RPG的ゲーム群」を作ろうって身としては、「ファンタジィ的なものすごい
大冒険」を起こせないような世界では困ってしまいます。困るのです。
 なのでそれが起こってくれる場所を、ニンゲン領域の外部に積極的に配置して
いきます。
 いやさ、いっそ そういうエリアで外部をすっかり囲んでしまいましょう。

 
 

◆要件を満たす世界ってどんなの?/危険な外の領域

「ファンタジィ的なものすごい大冒険」を生み出していけるようにするため、
ニンゲン領域の周囲を 大冒険の発生源でぐるりと囲んでやります。

 まず「外洋航海」ゲームは成立させたいので、ニンゲン領域からのある一方
は海に接することにしましょう。

 冒険のための海なので、その向こうには既知の異国や貿易航路はまだ存在しま
せん(それらはゲームのプレイヤーこそがプレイを通じて見出していくべきもの
でしょう)。
 波の向こうに何があるのかまだ誰も知らない、果てしない大海原です。

ファイル 134-2.jpg

 
 そして それ以外の周囲は、すべてニンゲン以外の支配する大地。
 妖精や魔物の棲む土地です。
 ニンゲンにとってはファンタジィ的に脅威・驚異が大きくて、とても気軽には
踏み込めない領域。

 おとぎ話感・メルヘン感高めなイメージなので、こう「恐ろしいオーク軍団が
血まみれの蛮刀振り回しながら、恐怖に震える人間たちを端から肉塊に変えつつ
雄叫びあげて進軍する」……みたいなハードな事件が起こることはあんまり想定
していませんが、基本、人々は恐れて近寄ろうとしないでしょう(それを敢えて
挑んでいくのがプレイヤーの操るキャラクターたちです)。

 こうした妖精や魔物の領域は、わずかなニンゲンの領域に較べれば、きっと
人知を超えて果てしなく広大なものです。
 優位にあるのはニンゲンなどではなく妖精や魔物たち。
 もしかするとこのニンゲンの領域というのは、遠い昔この魔境にたどり着いた
ヒトの祖先たちが、辛うじてほんのわずか端っこにかじりついて得た地なのかも
しれません。

 だから『妖精郷の住人たち(仮)』。

ファイル 134-3.jpg

 
 まぁ 漠然とだだっ広いスペース用意して ただぼんやり「妖精郷」なんていっ
ても、冒険する意欲なんて湧かないと思うので。追い追い、何かしらニンゲン領
域から見ても目標にできるランドマークとか、冒険心を喚起するような要素を、
あれこれ配していくことになるでしょう。
 深い深い森とか。山々とか。ニンゲン領域までつながる河とか。いろいろ。

 あと、この「妖精郷」ゾーンの中に、陸路で「べつの領域」へと繋がることを想起
させる「道」とかが“なぜか”存在してても、冒険心を喚起してくれて良い
ような気がします。
 誰が何のために作り、その向こうに何があるか、すべてが謎な「道」。

 
 ……と、ここまでの内容でできた、ゲーム的に求められる冒険世界の地理的
イメージはこんな感じ。

ファイル 134-4.jpg

 
 大枠をぼんやり思い描いてみたところで、今後、ここから更にイメージを足して
いきたいと思います。

 
 
 

ワールドイメージをつくろう

 

 
 絶賛妄想中のRPG的ゲーム群『妖精郷の住人たち(仮)』。
 「ダンジョン(クローズド環境)探索もの」ゲームから「旅行(野外移動・探索)
もの」ゲームへと着手していこう、という流れを決めたところで、続いては全体の
背景を支える冒険世界のイメージを、ある程度掴めるように下準備をしておきたい
と思います。
 作る設定は当座 必要なぶん最低限でいいのですが、要不要とか関係なく
「オレはこういうの好きだからこういう風にしたいのじゃ」という希望要素につい
ても多少はここで考慮に入れときたいところです。そういう好みで入れたい要素が
あとあとの制作に矛盾や制約を生んじゃったりするとマズいし。
 
 

◆要件を並べてみると?

 創出しますは、RPG舞台としての「西洋風ファンタジィ架空冒険世界」です。
 これだけはすでにここまでで決めています。

「西洋風世界」は、RPG的な定番感と、RPGが日本に入ってきた当時に
私が興奮した“舶来もの感”を重視してのものです。
「ファンタジィ世界」なので、幻想的で不可思議な存在や現象がさまざま
あらわれます。
「架空世界」なので、地理や民族・民俗など目に見える部分では、現実から
直接持ってくることはしません(間接的・部分的にはあるかもですが)。
「冒険世界」なので、プレイヤーが成り代わる住人=キャラクターに対し、
乗り越えるべき困難や 立ち向かう手段を、世界の中にいろいろと潜在的に
お膳立てをしておく必要があると思います。

 これに加えて、世界の中に満たすべき要件としは、個別のアナログゲーム
として抽出・展開できるような/したくなるような、いろんな楽しい側面を
持っていなくては。
 少なくとも、これまでに例に挙げたような各種ゲームを成立させられる世界
にはしておきたいところです。
 つまり、

 「ダンジョン(クローズ環境)探索」が起こる事件・舞台があり、
 「旅行(野外移動・探索)」が楽しい多様な地理や生態があり、
 「シティアドベンチャー」ができる密度の都市があり、
 「大規模集団戦」が起こるだけの戦争の背景があり、
 「外洋航海」ができる海と船舶があり、
 「国家間勢力闘争」を起こす複数国家があり、
 「内部権力闘争」が発生するだけの複雑な権力構造があり、
 「建造」できる(して楽しい)施設がいろいろあり、
 「開拓」の意義と拓いていける土地があり、
 「魔術探究」に相応しい魔術体系の奥深さがあり     ……等々。

 これらをぜんぶ含んでいて、且つ、さらなる発展拡張ができそうな妄想の
余地をもあちこちに持たせておきたい。高望みですね。

 
 

◆あと乗っけておきたいこと

 上に並べた要件に加えて、世界作りのコンセプトとして込めておきたい事柄
――世界観とかイメージとかについての――も今のうち書き置いておきますと。

 

・ハイファンタジィ系よりはやや幻想性度を高くしたい

 「幻想性」ってのが即ちファンタジィ性なんだから何をかいわんや、て感じ
ですが。
 「ハイファンタジィ」とかいわれるものがあるじゃないですか。架空世界の
成り立ちやそこに住む者たちの社会や生活、魔法のメカニズムとか、そうした
背景に緻密で深い設定があって、そうしてリアリティを与えられた舞台でシリ
アスで重厚な物語が展開されるような。
 『妖精郷の住人たち(仮)』も、ゲーム群という形で「遊びの素材」を提供す
るというスタイル上、遊びながら異世界を感じてもらえるように設定を積み上
げていくことで、ハイファンタジィ方面に寄って行くことは避けられないん
だろうなと思うのですが。そんな中でも『妖精郷の住人たち(仮)』の世界に
おいてはできるだけ、過度に厳密でない、適度なアバウトさを保っておきたい
なぁ……というのが私の希望です。
 高度で厳密な設定は、「それを理解してなきゃ楽しめない」という状況を
生み出しやすくしてしまうとも思えるので。
 まだ具体的にどうだということではないのですがね。
 「ふしぎ」をそのまま「ふしぎ」で片付けてオッケーなような、そういう
懐の深さを持った世界を遊びたいのです。ファンタジィなのだもの。
 おとぎ話感というか。メルヘン感というか。
 ファンタジィなのだもの。

 

・血なまぐさくない、基本「死なない」感じで

 上のハイファンタジィ云々の話とも関連することですが。
 戦いによる勝ち負けや身体的負担、そして生命・死は、ゲーム上どうしても
その扱い方・描き方を考えないわけにはいかないテーマ。
 『妖精郷の住人たち(仮)』においては、血なまぐさくない、基本「死なない」
世界観で扱っていきたいと思っています。

 ゲーム内で戦いがあっても、描写において肉体破壊などの生々しいディテー
ルは掘り下げず、また「多少敵対しようと、相手の命までも取るというのは
余程のことだ」という価値観で世界全体をくるんでおきたいのです。
 ゲームのルールシステムが積極的な命の削り合い奪い合いの発生を促してい
たり、或いは「命の削り合い奪い合いこそが楽しい」構造になって
いると、全体的にゲーム展開そのものが殺伐としてきたり、「殺して解決」と
いう価値観が支配的になっていったりするものですが、そういうのは避けたい
なあ、と。
 おとぎ話感というか。メルヘン感というか。
 ファンタジィなのだもの。

 こういう価値観をゲーム内に込めようとすると、戦いの決着のあり方などは
大きく影響を受けることになるでしょう。
 戦いは基本、相手が屈服する/逃亡する、といった形で決着する。そして、
プレイヤーの操るキャラクターが敗れて屈服してしまった場合でも、その場で
ただちに命まで取られるようなことは(基本的には)無い。……というように
(相手にもよるでしょうけど)。これはそのままプレイヤー側に対しても、
屈服させた敵をそのように扱うべく促すことでもあります。
(まぁ想定ラインナップに「大規模集団戦」も含めている中で、こうした世界
観とどう折り合いをつけるかは、将来的に考えどころとなるでしょうけれど)

 
 
 

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