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ワールドイメージをつくろう・5

 

 
 構想中のRPG的ゲーム群『妖精郷の住人たち(仮)』。まだまだぼんやり。
 目下、具体的なゲーム作りの下準備として、舞台となる冒険世界のイメージを
ぼんやり描いてる段階です。詳しくは過去記事を。

 今は、広大な妖精世界の中にポツンと存在するニンゲン領域の社会や暮らしの
イメージについて、楽しげな冒険の舞台として・各種ゲームを作っていくのに
適したワールドとして、いいかんじの形を探っています。

 今回は、この冒険世界に住む人間たちにとっての、宗教の扱いについて。

 
 

◆宗教とその“実効”についてどう考えると良い?

 「いわゆる」とか言われがちな西洋風ファンタジィ世界にあって、神とか宗教
とかの存在はわりと重要になる要素で、その設定ひとつで、その架空世界の様相
や「色」が定まったりすることもあります。

 冒険世界全体を単一の宗教が覆っているのか、複数の宗教観・体系があるのか。
 一神教なのか、多神教なのか。どのように信仰されていて、それが社会や生活
慣習の中にどう組み込まれているのか。

 そして何より重要なのがこれ。、

 その神・宗教の力は、その世界において“実在”するのか?

 神様やその力が本当に存在して、人々の「現実」として世界に作用しているの
かどうか。

 神(々)が人々の目前に実際に姿を現したり、「神の力」ってことが明らかな状態
で奇跡や天変地異を起こしたりするのか。
 こういうのをやられたらもう、人々は神の実在を疑う余地など無いし、ひれ伏す
ほかかありません。
 ゲーム的には定番パターンとして、聖職者のキャラクターが「神の助力」のよう
な独自の魔法的パワーを発揮するのかどうか、というのも重要ですね。いわゆる
僧侶系魔法とかいわれるやつ。回復系多し。デジタルゲームでは減少傾向ですが。

 ともあれそういうことで、このへんは方向性を定めておきたいところ。

 
 

◆ゆるめの信仰はありつつ神の実在は曖昧にしときましょうか

 ゲーム的都合からいえば、人間社会に宗教勢力は在っていいと思います。
 「権力闘争ゲーム」などを作る際に社会勢力のひとつとして存在感を発揮し
たり、冒険全般において情報や知識の供給源になってくれたり、人の集まる場
として舞台になってくれたりと、なにかと便利が良さそうです。

 一方で、神(々)の実在が証明できてしまうような“神の実効”にもとづいた
宗教は、この世界の人々には似つかわしくないように思えます。

 “神の実効”が現実にある世界を想像するに、人々の暮らしも、プレイヤーさん
の遊ぶ冒険も(つまりゲームプレイのあり方も)、すべて神の意を窺いながらの
ものになってしまいそうなので。『ルーンクエスト』みたいな。
 まぁ“神の実効”は有りつつ“神の意”を緩く曖昧にすることでそういうのを
回避してる例もありますけども。

……そう考えると、
「この冒険世界には 誰の目にも明らかなような“神の実効”は無い」
とした上で、人間社会には
「日常に浸透したユルめの信仰と、それを指導する宗教勢力がある」
……というくらいの形が望ましいでしょうか。

 「日常に浸透したユルめの信仰と、それを指導する宗教勢力」の塩梅のイメー
ジとしては、古代ギリシア、ローマとか、あるいは現代日本の「神様仏様」な
感覚とかが近いかも。
 となると多神教かな。自然崇拝と民族起源説話から来た神話があるような。

 
 で、人々の信仰のあり方とはまた別のこととして、「強大な超存在」としての
「神みたいなの」は世界に実在してていいとは思います。
 表立って現れたり力を振るったりすることは基本無く、稀に奇跡や天変地異の
発生源等となる存在として。
 こうした神秘的な「強大な超存在」「神みたいなの」は、人間たちよりむしろ
広大な「妖精郷」に棲む妖精や魔物たちがよく通じていることでしょう。

 プレイヤーが操るキャラクターたちも、「妖精郷」を冒険してその深奥に踏み
込めばいずれ、そうした存在の一端に触れることがあるのかもしれません。

 
 
 

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