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ベースボール編その1

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球技ルールで遊ぼう・第4回

 
 

◆前置きのような/野球って不思議

 いきなりイチャモンつけるみたいになってたら大変すみませんが。
 そんな意図はまったく無いですよ。

 さて思いますに、野球って不思議な球技。
 ルールや設備用具のシンプルさを基準に 球技・ゲームの「洗練度」みたい
なものを測るとすると、野球ってたぶんかなり洗練度の低い部類に入ると
思えるのです。
 ルールがけっこう複雑で多くてわかりにくい。
 安くはない用具がけっこう要る。
 専用の形状をした広いフィールドが必要。
 そして広い専用フィールドを使いつつ、試合で起こることの大半は
《 投手 ~(打者)~ 捕手 》間の領域だけで、いやもっと
いってしまえばストライクゾーン周辺だけで起こるという空間効率の悪さ。※

   ※野球のゲーム進行はつまるところ、投手が投じるボールの速度と
    回転、ストライクゾーン内外のどこをどう通過するか、それに対し
    バットのヘッドがどこをどう通過するか……で多くが占められると
    言ってしまっていいのではないでしょうか。
    重要さの比重的にも、試合時間の占有率的にも。
    (投手~打者間だけに寄ってとらえる、テレビ中継時の基本的な画面
     のあり方が証明してますよね)

 そんな洗練度の低さ――ルール運用や設備用具面の高いコストを支払っても
なお、それを上回るだけの面白さ、快感興奮が野球にはあるのでしょうか。

 
 私が特に強く感じる野球ルールのわかりにくさ要因は、自然や常識から読み
取るのが難しい部分が多いこと。ルールの必然性が感じにくいというか。

 なぜ3ストライクで1アウトなのか。
 なぜ4ボールでテイク1ベースなのか。
 なぜ3アウトでイニング終了なのか。
 なぜベースの数(一打での最大得点可能数)は4なのか。
 フォースプレーって?
 タッチアップって?
 セットポジションって?

 あとルールじゃなくて記録のあり方についても。
 勝利/敗戦投手の基準はどうしてそうなの?
 サイクルヒットなるもののすごさって正直よくわからない。ビンゴ感覚?
 その他その他。

「自然に任せたらこうなった」というルールよりも、「とにかくこういう事に
しておこう」なルールでゲームが成立してる部分がとても多い気がして。
 もちろんそんな部分はどんな競技にもありますが(とかく「ゲームを終わら
せる」ための部分にそういうものが必要になってくるのは私にもよく分かりま
す)、野球にはとにかくそれが多い気がするのです。
 自然に導き出されてる部分が少ないと、観ながら自然にルールを察して理解
していく、というのがけっこう大変で、分かりにくくありませんか。

 
 

◆野球って何を楽しむための競技?

 私もゲームを作ったりするので、ルールシステム等については普段から考え
ることが多いのですが、ルール主導でオーガナイズしたくなるのは、それに
よって表現したい事柄/体感して欲しい事柄についての部分ですよね。
 積極的に打ち出したいイメージがあるからこそ、それに向けてのルール作り
をすることになる。

 「戦争遂行における、物資の供給とコントロール(の難しさ)を面白く
  体感して欲しい」
 とか、
 「探索の手を広げて新たな場所に出会いつつ、直面する困難を克服していく
  快感を味わって欲しい」
 とか。

 そういう目標に向けてルールで環境をコントロールしていくのは理解できる
し、たぶんプレイヤーもその目標が理解できれば、そのためのルールにも納得
していけると思うのですが。
 では野球の場合、何のために・何の目標に向けてこうなっているのだろう?
 勝敗がつけば実はどうでもいい部分って、実はけっこうあったりしないの?

 野球にどっぷり浸かって育ってきたわけではない身としては、一歩引いて
そんなことが気になってしまったりもするのです。

 
 野球の「そもそも」を追っかけて、「ラウンダース」とか「タウンボール」
とか前身といわれる競技のことを軽ーく調べてみると、どうやら とにかく
「棒切れでボールを打つ」ことが快感で、そのへんに起源があるようです。
まあそうじゃないかなとは思ってましたが。最初期の投手は「打者に打ちやす
い球を提供する」だけの役割だったみたいですし。

 「棒を使う」というところがいい感じの飛距離と適度な難易度も生み出して
(手も痛くならないし)、うまく飛ばせると気持ちいい。

 『打って飛ばすのが楽しい』。

 これが野球の原初的な楽しみだと。
 飛距離も含めてそのへんこそが価値の中心なのだといわれると、砲丸投げの
フィールドのような形でいて あんなにもだだっ広い球場が必要になってしまう
のも、理解はできます。
(ちなみに「ベースが4つ」というのはかなり初期からそうだったようです。
 単に正方形なことが収まりが良かったのでしょうか)

 
 打って飛ばして楽しむ競技が野球だぜ、となると。
 打つこと関係以外のルールはすべて「対戦形式にしつつどっかでいい感じに
ゲームを終わらせる」ためにだけ存在する、と言ってしまっていいですよね、
基本的には。

 ――それにしてはなんだか、「打って楽しい」以外の部分にくっついてる
ルールがいささか膨大すぎやしませんかね、今観られる野球って。

「こんな場合はどうすれば?」「じゃあこんな場合は?」というルールの隙間が
どんどん浮かび上がって、それを埋めるための付帯的ルールが次々必要に
なった結果、こういう風になったものなのか。
 もちろん、付加された結果 面白味を増す効果を出してるルールもいろいろ
あるでしょうけど、なんだかルールのためのルールを重ねて成り立ってる部分が
多いような。
 もうちょっとシンプルさを保つ感じにまとめることはできなかったものなの
でしょうか。

 どうしてこのようになったのか? という詳しい経緯や歴史を追い求めることは
ここではしません。
 こんな取りとめもない話をここまで長々としたのはもちろん、かように複雑な
野球なるゲームを無責任にいじって遊ぶためです。

 
 
 てことで無責任にいじって遊びたいのですが、ここまでの前段の話だけで
けっこう長くなってしまいましたので、一旦、ひとまず、ここで切っておきま
しょう。
 本ネタ部分が何も始まってないのに次に引いてしまって「なんなんだよ」感が
実に強いですが、逆にこうすることで次回からの本ネタ部分は 今回を読み飛
ばしても問題なく読んでいただける形になるんじゃないかなーということで、
えーとつまり今回のウダウダ語りはひょっとして丸々ムダ? いやいやそんな
はずは……