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ワールドイメージをつくろう・7

 

 
 RPG的ゲーム群『妖精郷の住人たち(仮)』をひっそり構想中。
 舞台となる冒険世界のイメージをぼんやり思い描き中です。

 今回は、この冒険世界を「冒険する動機付け/必然性」についてちょっと。

 
 

◆誰がなぜ冒険するの?

 冒険世界があって、キャラクターを通じてその世界での冒険をいろいろな形で
体験してほしい……というのが『妖精郷の住人たち(仮)』なのですが。
 そもそもゲームでプレイヤーさんがゲーム内で操ることになるキャラクター
たちは、なぜ旅・冒険をするのでしょう?
 冒険するキャラクターというのは何者で、何を目指すものなのでしょう?

 数多あるアナログRPGでは、ゲームによってはそのへんのことに独自の背景が
しっかりと与えられていたりすることも多いです。
 そんなのキャラクター個々の問題だろう。キャラクターを作る時やゲームを
始める時に、参加者で話し合ってめいめい理由付けをすればいいじゃないか。
……となっていることもあります。
(そういう背景を共有するところから始まったりするのこそが楽しい、という
 こともあるでしょう。時に面倒だったり厄介だったりするでしょうけど。
 時間かかるし)
 あるいは手っ取り早く「あなたたちは冒険者という、冒険することになって
いる立場の人です。だから冒険をするのです」となっている場合もあれば、
「細けぇことはいいんだよ! お前らは常にゲーム開始とともに、探索すべき場所
の前に居る。そして探索せねばならない。ってことでハイ、ゲームスタート!」
というたいへん潔いことになっているゲームもあります。たいへん話が早くて
そういうのも良いのですが。

 『妖精郷の住人たち(仮)』における「キャラクターが旅・冒険をする動機付け
/必然性」について、こんなのはどうだろう、と思い浮かんだことがあるので、
ちょっと書いておきたいと思います。行けそうならこれで行きたいところ。

 
 

◆やや軟調なスパルタ式で

 『妖精郷の住人たち(仮)』において、プレイヤーさん操るキャラクターたちは
なぜ旅・冒険をすることになるのか? その理由づけについて。

 「ゆるめなスパルタ式」というのはどうだろう、と考えました。

 つまり、人間の子には長めの通過儀礼として、旅・冒険が必ず課される
 ……とするのです。

 スパルタ式というと、新生児は虚弱と見られればその時点で捨てられ、男子は
7歳から家を離れ共同生活、12歳から18歳の成人まで厳しい訓練が課され、
兵教育の一環として国有奴隷の襲撃・殺害も奨励される――みたいな血生臭くて
おっかない感じの制度ですが。
 おとぎ話感・メルヘン感を重視したい『妖精郷の住人たち(仮)』では、もちろん
ずっと ゆるめでやさしい感じにするわけです。

 
 「妖精郷」のニンゲン領域に住む人間たちが共有する慣習として、子が一定の
年齢に達すると、家を出なければならない。
 そうして見聞を広めつつ自力で暮らしを立て、定められた年数を過ごしたら、
大人と同等の扱いを受けるようになる。大抵はその間に自らの分や進む道を見い
出しているであろうから、以後は各々の生き方に邁進すれば良い。

 
 ゲームのキャラクターは基本的に、この通過儀礼の只中にある若者である、と
いうことにして、成人までの日々を生きていくためにいろいろ旅してもらおうと。

 「制度化された巣立ち」といった感じの、ファンタジィでは割とよくあるやつ
です。『魔女の宅急便』なんかもそうですね。
 ボードゲーム『エルフェンランド/Elfenland』は、エルフ族の若者らが成人の
儀式としてエルフ国の諸都市を巡るという、まさにこのテーマでゲーム化されて
いるものです。

 この形式を『妖精郷の住人たち(仮)』に背景設定として導入すると、いろいろ
メリットがあります。

 
 

◆「ゆるめなスパルタ式」のメリット/それはどんな社会?

 キャラクターを使い回しながらいろいろなゲームを横断的に遊ぶ、というのが
特徴の『妖精郷の住人たち(仮)』において、この「ゆるめなスパルタ式」を採る
メリットとは。

 まず、ゲームを開始するときに話が早いですね。
 プレイヤー/キャラクターには「成人修行の旅の身である君たち。今日も今日
とて、今日明日の食い扶持のために何かせねばならない」てことで、その日遊ぶ
ゲームの中にいきなり飛び込んじゃえます。
 そして、キャラクターがなんでもやってみていい自由があります。
 成人修行中のキャラクターの行動目的は、とにかく徒手空拳から暮らしを立て
ていくこと。そのためにすることに制約は(まぁ世界のモラルに反しない限り)
ありません。いろいろな人間活動を様々なゲームとしてプレイできる『妖精郷の
住人たち(仮)』を遊ぶに打ってつけの身の上です。

 成人修行の身であることから必然的に、キャラクターが若いのが基本、という
のもメリットと思っています。
 ハードな荒事に身を投じたり、仕事で社会を動かす現場だったりでは、求めら
れるのはプロであって 若いヒヨッコは概して役立たずの足手まといとして扱わ
れるのが普通でしょう。でもここでは少年少女たちは、若輩だろうがなんだろう
が、仕事も戦いも彼らが彼ら自身のためにやらねばならないことです。
 日本のRPGでは、年経たプロの集団よりも 若者らによる冒険が求められると
思うので、ヒヨッコ集団に必然性があるのは良いことだろうと思うのです。

 
 こうした設定は、背景世界がどんな場所か、の紹介・説明にも寄与します。
 旅・冒険することに寛容な社会だ、という世界観が感覚的に強化されますし。
これは、移動を制限された抑圧的な社会ではないということ。
 旅・冒険というのは一部の変わり者の所業ではない。その世界では誰もが通る
道なのだから――というわけです。

「若き彷徨い人」が誰にとっても「いつか来た道」であるなら、迷えるキャラク
ターたちに対して、社会/大人といった周囲のサポートを ある程度望んでいいと
いえるかもしれません。少なくとも彼らに悪さしようと考える者はかなり稀では
ないでしょうか。とはいえ修行であることも百も承知でしょうから、安易にすべて
を解決してしまうような助力を与えられることも また無いでしょう。

 一方で、修行の身であり 何かのプロとはいえない彼らには、何か手伝い仕事を
しても およそ大報酬などは望めないところです。上から報酬を吹っ掛けられるよ
うな立場にないので、基本的に常に困窮しているはず。
 一宿一飯のためだけにでも、危険に挑まなければならないこともあるでしょう。
 逆にいえば彼らは、なにかで莫大な財を得て 旅の動機を失ってしまうような
心配もほぼ無いといえます。

 彼らの旅は、提供するゲーム群がフォローする範囲内で何をしても自由。
 ニンゲン領域だけで小さくこなす者もいれば、「妖精郷」深くに踏み込んで、
すごい経験をする者もいることでしょう。
 とにかく個々の才覚を活かして生き抜くことこそが大事です。
 キャラクターが成人してからも、その進路がゲーム群のフォロー内ならば続けて
遊ぶこともできます。

 
 
 

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