記事一覧

「性バカ説」のこと

 

 このところ当ブログで取り上げている内容が、
自作のボードゲーム『サッカー戦術をボードゲームで表現できるか?』
の対局リプレイばかりになっていまして。

 そればかりでもなんだなぁ というのと、その対局リプレイの更新が
滞り気味な時期の隙間にパッと書けるテーマもあるといいなぁ、という
ことで、以前から私がものを考える上で 割と大きな基準のひとつにしている
『性バカ説』なんてゆーものについて、たまにつらつら書いていこうかと
思い立ちました。

 長く脳内にただたゆたっていたような考えです。どれだけ説得力出して
いけるかはわかりませんが、見切り発車で行っときたいと思います。

 
 

◆「性愚説」と『性バカ説』

 人間の本質とは、――なんて話が何かの拍子で迂闊に飛び出してしまった時
とか、「性善説/性悪説」というのはよく聞きます。
 でも、人間を一括りに「そもそも『こんな』じゃないの?」と語る時に、
善だ悪だを持ってくるのはなんだか おかしな話だなぁと昔から感じていました。
善悪どっちにしろ人為で、価値観というものが常に入ってきてしまう問題です
から。価値観は状況や見方でどうとでも変化するもの。もうちょっと、ものの
道理とか摂理とか、そういうところに近い答えが欲しくなってきます。

「それじゃあ善悪でなくて何だったらしっくり来るだろうか?」とぼんやり考え
ていたところ、私の中ではひとまず『性バカ説』なんてものに至ったのでした。

 
『性バカ説』。
 言葉としては、本当なら「性愚説」とでも呼んだ方が語感がいいかもしれま
せん。ベストセラー『バカの壁』も出版から10年以上経ち、乗っかるには周回
遅れすぎます。
 でも「性愚説」という言葉は、私の考えてることを括るにはどうも不適当な
気がしてまして、あえて『性バカ説』でいきたいと思います。

 
 というのも。

 「性愚説」っていう言葉、ネット検索してみるとけっこう見られます。
 そのまま「人間の本質・本性は愚か也」て感じで使われてるようです。
 これを唱える人はそれぞれ自分の言葉として、「性賢説/性愚説」みたいな
具合に対極させて用いたりもしている様子。

 でも私の考えてることは、そういうのとはまたちょっと違っていまして。

 なので、ここでは「性愚説」と区別する意味でも、私の考えるところを
『性バカ説』と呼称しておきたいと思います。勝手に。
(「性愚説」って音にすると天台宗の「性具説」とかとも紛らわしそうだし)

 
 では、その「性愚説」と違うことろの『性バカ説』って何さ、というと。

 ひとことで云えば、
 《人には常に、バカへと向かおうとする力がはたらいている》
 ――というものです。

 ……伝わりますかねこれで? 伝わりませんよね。

 
 
 

◆で、『性バカ説』っていうのは?

 さて、「人間の本質・本性は愚かだ」という「性愚説」とは違うのです、
ということでお話を始めた『性バカ説』。

 《人には常に、バカへと向かおうとする力がはたらいている》

 ――っていうのが、ワタシ的な『性バカ説』の考え方なのですが。

 これだけではいまひとつイメージが伝わらない自信がある!ので、
もちょっとウダウダ語ります。

 
 前項に挙げた話からいうと「性愚説」の方は、
 「人間の本質・本性は、はじめから・常に変わらず、愚かである」
 ――というものです。

 「愚かだ」という状態に、常に変わらず囚われてると。

ファイル 41-1.jpg

 
 
 対して『性バカ説』は、固定された感覚の「性愚説」に対して、動的な
イメージがあります。

 人というのは、小さい星が大きな星の重力に引っ張られるように、
バカ方向に常に引き寄せられているんじゃないか、という感じ。
 常に「よりバカに」なるよう、頑張って突き進んでる。

ファイル 41-2.jpg

 
 そんなわけねぇじゃん、と思われるでしょうか。
 


  ※ここでの「バカ」の定義

   本稿では「バカ」っていうのは、
  「考える知能があるのに考えない、思考を放棄した人やさま」
   ……という風にしておきたいと思います。

   辞書的には、単に「知能が劣り愚かなこと」とかになるのでしょうが、
  そうした中から、とてもものを考えられるような状態にない場合などを
  排除しておきたいのです。

  「『あえてものを考えない』のをバカという」と、とりあえず本稿では
  そういうことでよろしくお願いします。

 
 どうして『性バカ説』なんてものに至るのか。
 これは「生物としての人間」を改めて考えてみた結果出てきたものでして。

 イキモノならば自然とこういう風になるだろう、と考えてみたら、
なんだかいろんな分野のことについて、自分の中で色々納得できたのです。

 それじゃあ、生物たる人間には『性バカ説』が当てはまるとなぜ思うのか。
そのへんのことは次回以降、また気が向いた時にでも書いてみようかと。

 
>次回