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人はバカを目指す

 
 
 前に最初の記事を書き散らしてから、もう14ヶ月あまりが経ってしまい
ましたが。しれっと続けてみたいと思います、『性バカ説』のお話。
 1回めは、「こんなこと考えてたんですけど」と表面だけを撫でて終わって
いました。今回から、「なんでそんな考えになるの」ってお話をしていきたい
と思います。

 
 

◆振り返って:『性バカ説』って

 そもそも『性バカ説』って何さ。
 人は「性善説/性悪説」とかじゃなくて、『性バカ説』なんじゃないの、
ってことで、人の本質をつかまえた気分になれる言説として私がでっち上げ
てみたものです。なので、「性善説/性悪説」とかと同様 穴だらけです。
今後さらに考えていったり世の中を観察していったりしているうちに、
説得力が強まったり弱まったりしていくことでしょう。

 《人には常に、バカへと向かおうとする力がはたらいている》

 ――これが『性バカ説』です。

 隙あらばよりバカになってやろう、という振る舞いが、人間の行動には
常に・自然に現れるんじゃないかと。

 
 

◆バカに向かうことは賢いこと

 何を根拠にそんなことを?
 根拠というか、そもそも人間の持つ「知能」って、そういうものだろうと
思うのです。
 「知能があっても『あえてものを考えない』のをバカという」とすると、
「知能」はいつも、いつでも、バカを目指している。

 こういうこと、もっとずっと前に、もっとずっと頭のいい人が、別の言い方で
言ってたりすることなんでしょうけれども。

 
 人類は生物として、厳しい自然環境を生き残っていくために知能を発達させた
らしい。
 知能があるとどんなイイコトがあるかっていうと、何か問題(主に生存上の)
に出会った時、「知恵」を使って対処法を工夫することができる。
 で、そうして生み出した対処法を「知識」として蓄え、次に同じ問題に出くわ
した時に「知識」からその対処法を取り出して、すぐに対応することができる。
 それが知能のメリット。

 ひとたび「知識」になれば、似た問題は特に考えずに「楽に(≒エネルギーを
使わずに/時間も使わず迅速に)」対応できるようになってとっても(生存に)
良い。
 なので、「こんな時にはこうする」という対処法は、できるだけ手っ取り早く
「知識」に頼りたい。
 そんな志向が、自然に人の行動には現れる。

 さらに、「知識」は人から人へ伝達できる。
 外に出して蓄えることができる。
 誰かの知識を伝い受ければ、個々人が「知恵」から作り出す必要が無い。
 「知恵」も使わずに「知識」にアクセスできるなら、その方が何でも「楽に」
対応できてとっても良い。

「隙あらば頭を使わずに済ませよう」
「楽できる方が優れている」
「考えなくてもいいことを熱心に考えるのはむしろ愚かなことだ」

 つまり、「より ものを考えずに生きていける生物になろう」と、意識的にしろ
無意識的にしろ、人は常に思いながら活動してる。
 そして、そういう態度が「賢い」という美徳になってもいる。

 
「賢くなること」と「バカになること」は互いにビッチリくっついてると。

 
 生物としての人間がこうなんだとなれば、これは人間の本質だと言っていい
んじゃないかなと。
 そう思うわけなのです。