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課題が無いならアタマを使わなくていいじゃない

 
 
 人は、隙あらば頭を使わずに済ませようとする。
 それが、「バカに向かうのが人の本質」と考える『性バカ説』なのですが。

 極力アタマなんて使いたくないのが人間なんだとしたら。

 それにも関わらず、人がアタマを使うのはどうしてなのか。
 なんでアタマを使いまくって挙句 知能なんか発達させちゃったのか。
 それは、そこに「課題」がある/あったからでしょう。

 
 

◆課題を解決しないと生きてられなかった

 人が立ち向かわねばならなかった「課題」といったら、そりゃあ主に生存上の
もの。
 古くは専ら「対 自然の課題」。
 生き物がキビシイ自然界を生きていれば、飢餓とか捕食者とか天災とか、
次々と課題に遭遇するもんです。
 そんな課題に襲われたらクリアできなければ死んじゃうだけですから、まさに
必死に立ち向かうしかないわけですが、人類は身体能力的な特技や適性に乏し
かったのかな、知能の力を駆使しまくって、「何か達成すると脳に快楽物質が
出て気持ちいいよ」というオプション装備まで搭載していくことで幾多の課題
をなんとかくぐり抜け、まあ自然に対してはかなり優位に生き残れる方かな、
という種族になったよと。で、その過程で、生き残り率を上げるために「社会性」
なんてものを高めていったらば。

 こんど新たに立ちはだかったのは「対 社会の課題」。
 自然という相手をある程度はクリアしたものの、そのためになまじ広く深く
ネットワークしちゃった人間どうしの葛藤が、次なる大きな課題としてグイグイ
前に出てきたと。
 社会の中で順位を上げたいとか安定を得たいとか。搾取してトクしたいラク
したいとか食い物にされたくねえとか。
 現状に至るまで生存上の課題を取り巻く状況はだいたいこんなところで、
「主に社会、ときどき自然」という感じが 今の人がアタマで立ち向かう相手
でしょう。

 
 

◆尻を叩かれないと動かないのは体も頭も同じ

 自然からのものにしろ、社会からのものにしろ、現在のところは人が直面する
「課題」にはまだ事欠かない様子です。
 でも、「生存する」っていう最低限の命題を満たすだけで考えると、昔に較べて
クリティカルな課題って確実に減ってきてないか、と思えます。
 先進国であるほどに。
 社会発の課題は多くが「自分を何かしら強化したい」っていう安全弁や上昇を
求めるものと思えるし(基本、脳内快楽物質欲しさで?)、実はあきらめちゃっ
てもすぐ命に関わるような課題はあまり無いような気がするのですよ。

 「過去~現在」にしろ、「現在→未来」にしろ、そうやって深刻な課題が段々
減っていくと。

 そこは、隙あらば知能を使わずに済ませたい『性バカ説』で動く人間のこと。
 ムリヤリ知能を使わせていた外的なプレッシャーが弱まれば、バカ化が加速
していくことになりそうです。

 実際のところどうでしょう。
 「自分は安泰だな」と思っちゃったところから人がたちまち考え無しになって
いくケースっていうのは、よく見られるのでは。
 昔ならそんなご身分になれるのはごく限られた恵まれた人だけだったでしょう
が、現在は「積極的にバカになっちゃっても生きられる特権」を享受できる層も
けっこう増えてそうですけど。