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妄想:アタマを使わない方向への「適応」が向かう先

 
 
 生存を脅かすような課題が無ければべつにアタマを使わなくてもいい。
アタマを使わなくてもいい時には、極力使うまいとする。そんな風に人間は
できてるんじゃね? なんて話をしてますけども。

 となると、シリアスな課題がだんだん減ってきてるような昨今、知能を使わず
に済むことがどんどん増えて人間のバカ化は加速するんじゃないか、なんて話も
してますけども。

 でも、生存上や心の平衡上 喫緊の課題がそれほど無くても、そして社会上の
摩擦から来る課題を避けることができても、すぐに誰もが際限なくバカ一直線に
なるわけでもないですね。

 
 

◆アタマを使う方、使わない方

 課題が減ってきている中で、それでも人のバカ化を押し止めてる力として、
「課題をクリアするとキモチイイ」という脳内機能の存在はやっぱり大きいの
か。

 課題に立ち向かって生き残っていくためでしょう、こんな脳内メカニズムが
出来上がっちゃってるもんだから、こんどはその快感欲しさに自分から積極的に
課題を見つけ出したり作り出したり、ということも多いでしょう。
 それを「向上心」とか呼んで、美徳になったりもしますし。
 また、「自分の遺伝子こそをより残したい」「そのために自分の社会内での
順位を上げたい」みたいな、生存ほどではないけど脳のわりかし深いところに
ある欲求から来る「課題」が、まだけっこう強く作用して人にアタマを使わせ
てる、というのはあるでしょうか。(「利己的な云々」ってやつでしょうか。
この手の「課題」は、それに挑む誰かの行動が、別の誰かに新たな+深刻な
課題を生み出してしまうことも多いのがまた問題ですが)

 その一方で、課題に自ら積極的にぶつかって行くことで得るようなタイプの
快楽から むしろ離れてく人もけっこういます。
 それほど深刻な課題に直面することが無いなら、わざわざ課題を掘り起こし
てまであくせくと挑まなくてもいいじゃん、と、「使わなくていいアタマは
使わない」という脳の志向に、より忠実な人たちです。
 各種娯楽とか、代替的に達成感を得られる手段もいっぱいある昨今ですし。
(聞くに、日本人は殊に小さな達成感で満足を得られやすい傾向がある、
 なんていう話もあるようですね)
 「足るを知る」なんて言い方をすれば美徳っぽい一方、「無気力」とか
「生きていく力に欠ける」みたいな言われ方をしたりもするこうした性向
ですが、実はこちらの方が、環境変化の流れにより乗れている・適応が進んで
いる人なのかもしれません。

 いま日本とかでは「みんな向上心持ってやってかないといけないよな? な!?」
みたいな社会の圧力も強くて「課題を見つけて挑んでく勢」が優勢に世の中
動かしてますが。今後「課題」の少ない状態に長ーく晒されていくと、将来的に
人間の「課題をクリアするとキモチイイ」という脳内機能もだんだん減退して
いくんじゃないか、するとやがて「課題を見つけて挑んでく勢」は少数派に追い
やられていくんじゃないか、今はその過渡期? とか思ったりも。
 ……と、ここまで来るとSFの領分でしょうかね。

 
 

◆SFついでに。

 以下、SFじみてきたところでの余談ですが。

 知能を伸ばして生存上のリスクを減らしていったとともに、社会性を高めて
いったのが人類だとして。

 今は社会の中で「自分が優位に(生き残りやすく)なりたい」みたいに機能
する個々の「生き残るための知能」が社会を動かしてるわけだけど、これは
社会動物として出来上がった状態なんじゃなくて、ただ単に社会性を窮めていく
過渡期ってだけ、なのかもしれませんね。

 もし遠い将来 人類社会が、社会の外からの深刻な「課題」(大きな災害とか)
をほぼ克服し尽くせば、
「社会さえ維持してれば生物種としては繁栄していけるじゃん」
ということに。
 となればその中で個々の人間は、こんどは社会内で機能する/社会を強化する
方向に特化して適応していくのでしょう。能力的にも、気質的にも。

 その過程でもし、個々の人間に「知能は邪魔」「意欲は邪魔」となれば、
それらはまたあっさりと捨てられて衰えていくんでしょうね。

 人々がそんな風になった世界をディストピアだと考えたのが無気力ディスト
ピア系SFで、さらに進んでやがて人類社会全体がひとつの集合知になって
次のステージに行くんだ、とかいうのが人類進化系SFなのだろうなあと。

 そしてそして。
 そうやって個々の人類が知能や意欲をすっかり捨てちゃったまたその後に、
人がすっかり依拠してる社会を脅かすような大なる「課題」がまた新たに
立ち現れたら、それに対抗するために、また改めて知能を発達させていくことが
あるのでしょうか。それともその時は、知能とは別の何かで対抗していくんで
しょうか。いろいろ夢想するのも楽しそうです。

 まあ「性バカ説」はもともと 日常起こってることのその理由を理解する
ために考えたものなので、こんな話はホント余談も余談なのですが。